
固定観念が「今」の感覚を曇らせる
過去・未来への執着が内面の静けさをかき乱し、「今」の感覚を曇らせる構造を詳しく解説。
もくじ
・「未来の成功」「社会的な評価」「あるべき姿」が「今」の感覚を曇らせる
・過去の経験も「今を生きる感覚」を覆い隠してしまう大きな要因のひとつ
固定観念が「今」の感覚を曇らせる
社会の偏見や固定観念は、しばしば「未来への成功」や「社会的な評価」、「あるべき姿」といった外部基準を重視するように働きます。
過去・未来への執着
過去の経験・挫折や、未来への期待・不安が、今この瞬間のありのままの感覚を覆い隠してしまう。内面の静けさの欠如
常に「何かを成し遂げなければならない」という思考が、心の平穏や自己の自然なリズムを阻害してしまいます。この社会的な偏見が、無意識のうちに心を乱し(乱心)、呼吸を乱し(乱息)、結果として病気(乱身)を引き起こす原因となっています。

「未来の成功」「社会的な評価」「あるべき姿」が「今」の感覚を曇らせる
1.「未来の成功」を目指させることで、「今」を犠牲にする
現代社会では、「成功」とは未来のどこかにあるものだと刷り込まれる傾向が強いです。「今、辛くても頑張れば、将来幸せになれる」
「苦労の先に成功がある」
「辛くても目標を達成すれば充実する」
この考え方の問題は、
常に未来を追い続け、今の自分の感覚を知らず知らずのうちに無視してしまう傾向が強いこと
疲れていても、「頑張らなけらば」と自分を追い込む
何をしていても、「このままではいけない、もっと良くしなきゃ」と満足できない
目標を達成しても、次の目標が果てしなくつづく
休むと罪悪感を感じる
結果として、「今、この瞬間に感じること」よりも「未来のために何をすべきか」ばかり考える習慣ができる。
でも、本当の幸せは「今」を生きることでしか感じられないのに、それを忘れさせられてしまう。
2.「社会的な評価」を求めることで、自分の感覚を押し殺す
「他人からどう見られるかが大事」「みんながやっていることをしないと変な目で見られる」
「評価されることが価値の証明」
「検査結果や権威の意見が絶対」
この考え方によって、自分の本当の感覚よりも、外からの評価を優先するようになる。
例えば、
本当は疲れているのに、頑張っている姿を見せる
やりたくないことでも、周りに認められるためにやる
本当はこう思ってるけど、お父さん、お母さんや周りの顔色が気になって、そっちの意見を優先する
「いいね」や賞賛がないと、自分の価値を感じられない
バランスがとれているはずのに、薬で基準値内に収めるのが当然
悪いこと、間違っていることかもしれないけれど、社会的に正しいとされているからこれでいい
こうして、自分の本心よりも「どう見られるか?」が基準になり、
やつれた作り笑いや愛想笑いとともに、
自分の感覚がどんどん鈍くなっていく。
3.「あるべき姿」に縛られ、本当の自分を見失う
「理想的な良い人でなければならない」「思いやりのある仲の良い家族でなければならない」
「助け合って人の役に立つ人間でなければならない」
「成功するには努力しなければ、認められるには苦労しなければ」
「男なら○○、女なら○○、嫁なら○○、子供なら○○しなきゃ」
こうした「理想像」が押し付けられると、「本当の自分の気持ち」よりも、「どうあるべきか?」が優先される。
例えば、
「ちゃんとした大人」は安定した仕事に就かなきゃいけない
「母親なら犠牲になってでも子供を優先するのが当たり前」
「妻なら夫や姑を優先するのが当たり前」
「夫ならお金を稼いで働くのが当たり前」
「成功する人は仕事も勉強も努力し続けるべき」
「子供は勉強が仕事」
でも、これはすべて外部の基準。
本当にその「あるべき姿」が自分にとって心地よいかは、誰も考えさせてくれない。
結果、
自分がどう感じるか分からなくなる
「何をやりたいか?」ではなく、「何をすべきか?」ばかり考える
違和感があっても、「褒められるためには、文句を言われないためには、こうするのが正しいはず」と理想の私を演じつづけて無理をする
こうして、自分の本音や感覚がどんどん曇らされる。
自分軸を見失って、他人軸で生きるから、
自信が無くなる、不安になる、他人が面倒になる。
自分の本音で生きれないから自分が嫌いになる、自分を自分で苦しめる、自分を傷つけたくなる。
まとめ:固定観念が「今を生きる感覚」を曇らせる仕組み
未来の成功を追わせる → 今の感覚を犠牲にさせる社会的評価を求めさせる → 自分の感覚より他人の目を優先させる
あるべき姿を押し付ける → 本当の自分を無視させる
こうして、「今を生きる」ことではなく、「未来・他人・理想」のために生きるように仕向けられてしまう。
その結果、本当は今ここにいるだけで十分なのに、それを感じる力を失ってしまう。
自分の本来の感覚よりも外部の基準を優先し続ける生き方なので自尊心が傷つく。
ありのままの自分を感じて認める余裕もなく、外部を優先することで、心の余裕がなくなり、常に追い詰められた強迫観念(不安感)にかられる。
心が乱れ、呼吸が乱れる→不眠、不安、頭痛、動悸、うつ、イライラ、無気力……。
自分の感覚よりも外部基準を優先しつづけれた結果、自分嫌い人嫌いになる。
自分を傷つけたい、他人を傷つけたい、と思う方向
これの流れが「乱心」「病の気」、呼吸は乱され、今に集中できなくなり不注意になり、様々な症状でサインをおくる。
でも、現代医療はこの心身からの叫びを、原因不明として、さらなる外部基準によって病名を付け、薬で麻痺させて黙らせ続けているとしたら、心身は崩壊に向かうのでは。
この流れに気づかないまま持続・強化されれば、怪我や病気だけではなく自殺・事故・犯罪などにも無意識に発展する方向
本当の自分を取り戻すには、「未来・他人・理想」という「外部基準」から離れて、「今の自分の感覚」を大切にすることが必要。
そのために、
立ち止まる
身体と呼吸を整える
「今、自分は何を感じているか?」に意識を向ける
「本当は、どう生きたかったのか?」
この積み重ねが、固定観念を手放し、本当の「今を生きる」感覚を取り戻す第一歩になる。
過去の経験も「今を生きる感覚」を覆い隠してしまう大きな要因のひとつ
1. 過去の成功や失敗が「今」の感覚を歪める
人は、過去にうまくいったことや失敗したことを基準にして、今の行動を決めようとする。「前にこうやって成功したから、今回も同じようにしなきゃ」
「前に失敗したから、また同じことになるかも…」
「あのとき傷ついたから、もう同じ目には遭いたくない」
こうして、過去の記憶が「今、本当はどうしたいか?」を感じる邪魔をする。
「本当はやってみたい」 けど、「でも昔失敗して怒られたし…」
「本当は休みたい」 けど、「でも前に休んだら怠け者って言われたし…」
本来なら、今の自分がどう感じているか を大切にすべきなのに、過去の記憶がそれをねじ曲げてしまう。
2. 過去の「刷り込み」が、今の感覚を曇らせる
子どもの頃から植え付けられた価値観や思い込みは、今の感じ方に大きな影響を与える。「いい子にしていないと認めてもらえない」
「頑張らない人は怠け者」
「失敗するのは敗者」
「結局は金持ちがいい」
「苦労は美徳」
これらの刷り込みがあると、今この瞬間に感じることよりも、「こうしなきゃダメ」という固定観念に縛られてしまう。
「本当はゆっくりしたい」 けど、「怠けてると思われるかも…」
「本当はやりたい道を選びたい」 けど、「儲からない仕事だし…」
「本当は困っている人を助けたい」 けど、「こうしたほうが儲かるから…」
この「過去の刷り込み」こそが、本当の自分の感覚にフタをする原因になっている。
3. 過去に感じた感情が、今を上書きしてしまう
「昔、誰かに否定された」 → 今も同じように否定される気がして、自分を出せない「過去に傷ついた」 → また傷つくかもしれないと警戒し、素直に感じることができない
「昔、こういうときは怒られた」 → 何も起こっていないのに不安になる
こうした「過去の感情の記憶」 が、今この瞬間のありのままの感覚を歪めてしまう。
例えば、
昔、ひどい失恋をした人は、新しい恋をするたびに「また傷つくかも」と怖くなる。
過去に職場で怒られた人は、新しい環境でも「また怒られるかも」と緊張する。
幼少期にヒステリックな親から怒鳴られた人や、過去にいわれのない暴力を受けた人は、大人になってもストレスに遭遇すると「パニック的な不安」でいてもたってもいられなくなる。
でも、それは「今、本当に起きていること」ではなく、「過去の記憶によって作られた幻」。
今この瞬間の感覚をしっかり感じることができれば、本当の現実が見えてくるのに、過去の経験がそれを邪魔してしまう。
結論:過去の経験を手放し、「今」の感覚に戻るには?
「これは過去の記憶か?今の現実か?」と自分に問いかける例えば、「また失敗するかも…」「またパニック発作がくるかも…」と思ったら、「それは本当に今の事実?それとも過去の記憶?」と考えてみる。
身体と呼吸に意識を向ける
頭の中の記憶や思考から離れ、「今、この瞬間の身体の感覚」 に集中する。
過去は「頭の中」にあるが、「今」は「身体」にある。
「過去でもない、未来でもない、今に集中する」
「昔こうだったから…」ではなく、過去や未来の影響で傷ついている「かけがえのない今」 があることを知る。
こうして、過去の記憶に振り回されず、「今を生きる感覚」を取り戻す方を向く。
整身(今を大切に)・整息(生きる)
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